2013年10月16日水曜日

プレーンオムレツと昭和30年・40年代のわが家の食卓


  9月30日(月)から始まったNHKの朝のドラマ「ごちそうさん」で
初日からジャンボオムレツが、食卓に登場しました。
美味しそう。食欲がわいてきて、元気が出てきますね。



プレーンオムレツといえばシャンソン歌手の石井好子さんのエッセイ
「巴里の空の下オムレツの匂いは流れる」を思い出します。

夕食のために下宿のおかみさんが驚くほど沢山のバターを入れて、
ふっくら焼いて下さるオムレツ・・・・・匂いと共に、セーヌ川の流れ
木々を揺らす風などを想像しながら読みました。


私が結婚したのは昭和30年の後半で田舎で結婚式を挙げ
新宿のアパートから二人の生活はスタートしました。
さながら、神田川の世界でした。

独身時代も主婦代わりをしていたので、和食はお節料理も出来たのですが、
洋食はハンバーグや、カレーライスくらいで、結婚してからは
もっぱらテレビの料理番組で学びました。

 NHKのきょうの料理・雑誌主婦の友は、良き先生でした。

江上トミさん・・・・料理学院院長
飯田深雪さん・・・外国で暮らした経験を生かしてセッティング・マナーなども
村上シェフ・・・・・帝国ホテルの料理長

などなど、どの先生も語り口が魅力的で、毎日テレビの前にくぎずけでした。

ビフテキ  シャリアピンステーキ
ビーフシチュー(ドミグラスソースは使わないで作る)
ポテトグラタン  ロールキャベツ  ポテトコロッケ  
スパゲティミートソース  などなど・・・・・

わが家の食卓も少しづつ洋風化していきました。


二男の出産後、ストレスで母乳が出なくなりミルクに切り替えたのですが、
ミルクも思うように呑んでくれなくて、早めに離乳食をはじめました。

母乳から得る免疫力が少なかったせいか、病弱でした。
病院へ支払うお金を減らし、健康のもとである食事を充実させることに専念しました。

夫は好き嫌いが激しくて肉料理はすき焼きくらいでカレーも食べません。
子供が成長期に入ると夕食は和食と洋食の両方を整える日々でした。


プロパン用のガスオーブンを購入し、グラタンやお菓子を作りました。



 お料理の本で最も活躍したのが、「お菓子と飲み物」です。
ぼろぼろで汚れています。

クッキーはオレンジピール・チョコチップ・コーヒーなどを入れて焼き、
ご近所や、お友達にプレゼントしました。

シュークリームは失敗だらけ、皮がうまく膨らんでくれなくて、何度も挑戦しました。


昭和30年から、日本住宅公団が、2DKを中心とした集合住宅を建設。
和室が2つ、洋室(Dk)が1つ、ダイニングキッチンが人気をはくし
テーブルに椅子で、食事をする生活が始まりました。

この頃から洋式レシピが次々と発表されました。
フランス料理が、一番の人気だったようです。

外国で暮らしたり、現地の料理学校で学んだりして、帰国し、
本場の料理を紹介された先生方は料理だけでなく食卓のTPOから
テーブルマナー・テーブルセッティング・インテリアなど本場の食習慣や
生活文化を紹介されました。


忘れてはならない人は、岸朝子さん(料理ジャーナリスト)です。
料理の鉄人で「美味しゅうございました」が口癖の方です。

栄養を考えた食事作りを目指して、統一された計量カップ、スプーンによる
正確な分量表示を主婦の友の料理記事に取り入れました。
当時主婦の友の料理記者でした。

計量表記にかかわったのは女子栄養大学前学長の香川綾先生です。
昭和41年の改正計量法まで、尺貫法も使われていました。

その後生活習慣病の急増に警告をと、「栄養と料理」へ転職し
編集長として活躍されました。


自分で作る料理は家族と自分の命を守る料理です。

バランスがよく健康的
経済的
美味しい
そして、食卓を囲む笑顔

笑顔の記憶は、家族一人一人の心に深く残るものだと思います。




白萩










ホトトギス


きんもくせい
公園を囲むように植えてあります